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堀留橋の上流に架かる橋で現在の橋は、昭和2年(1927)7月13日に架けられた。南堀留橋の上流にあり、別名「こおろぎ橋」。寛文四年(一六六四)に俎板橋からこの橋あたりまで掘削されたため堀留の名が付けられた。現在の橋は大正十五年に架けられた。昭和3年(1928年)、堀留橋の南側架けられた鋼橋でそのことからこの橋名が付けられた。古くは「大橋」「魚板橋」とも呼ばれた。名の由来は、江戸時代に御台所町が近くにあったためらしい。現在のコンクリート橋は昭和五十八年に架けられた。雉子橋の上流にあり、昭和4年(1929年)に初めて木橋が架けられた。現在の橋は昭和43年(1968年)に架けられた。た。名の由来は徳川家康が朝鮮の使節を饗応するための雉子を囲った場所が近くにあったため。現在の橋は大正十四年にかけられた。のころに大きな丸太が一本架けられていたことによる。現在の橋は大正十四年に架けられた。昭和2年(1927年)に架けられた。橋の名の錦は昔近くに一式という武家屋敷が二軒あったので、二色→錦と転化したのだと言われている。一五)は「芝崎口」といい、寛永のころ(一六二四〜四四)には、橋の西南に土井大炊頭(土井利勝)の屋敷があったため、「大炊殿橋」となっている。その後「神田橋」と改めたが、関東大震災で焼け落ちた。寛永六年(一六二九)架けられ名の由来は、徳川家康の入府関東大震災の復興橋の一つで、慶長のころ(一五九六〜一六出典「千代田まち辞典」千代田区 現在の橋は大正十四年に架けられた。昭和4年(1929年)に架けられた。橋の由来は、江戸城を築くときに鎌倉から石材をここの河岸に陸揚げし、鎌倉河岸と呼ばれたことによる。に抜ける橋。現在の橋は昭和63年(1988年)に架けられた。けられたといわれる別名「大橋」「浅草口橋」「常盤橋」。現在の石橋は明治十年に架けられた。江戸時代の見附跡にある。行貨幣博物館前に通ずる橋で、大正15年(1926年)に架けられた。関東大震災の復興橋の一つで、常盤橋公園の北側を中央区天正十八年(一五九〇年)に架常盤橋公園の南側から日本銀平成十七年三月発行新川橋  堀留橋  南堀留橋  俎橋  宝田橋  雉子橋一ツ橋錦橋神田橋        鎌倉橋  新常盤橋  常磐橋  常盤橋  35

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